高田 純
札幌医科大学教授 放射線防護学View PDF
福島第一原子力発電所の津波と核事故が昨年3月に発生して以来、筆者は放射線防護学の専門科学者として、どこの組織とも独立した形で現地に赴き、自由に放射線衛生調査をしてまいりました。最初に、最も危惧された短期核ハザード(危険要因)としての放射性ヨウ素の甲状腺線量について、4月に浪江町からの避難者40人をはじめ、二本松市、飯舘村の住民を検査しました。その66人の結果、8ミリシーベルト以下の低線量を確認したのです。これは、チェルノブイリ事故の最大甲状腺線量50シーベルトのおよそ1千分の1です。
それ以後、南相馬、郡山、いわき、福島市、会津を回り、個人線量計による実外部被曝線量評価と、希望する住民の体内セシウムのその場ホールボデイーカウンターによる内部被曝線量を調査しています。
その結果は、県民の外部被曝が年間10ミリシーベルト以下、大多数は5ミリシーベルト以下、セシウムの内部被曝が年間1ミリシーベルト未満との評価です。チェルノブイリ事故では、30キロメートル圏内避難者の最大が750ミリシーベルト、1日あたり100ミリシーベルトであるので、福島はおよそ100分の1程度しかありません。セシウムの内部被曝は、年間線量値として、検査を受けた98人全員が1ミリシーベルト未満と超低線量です。
これらの調査結果は、昨年7月に「福島 嘘と真実」を医療科学社から(注1)、出版するとともに、国内の日本放射線影響学会ならびに、日本保健物理学会で報告しました。
今年5月、世界の専門家が4年に一度集まる国際放射線防護学会IRPA13がグラスゴーで開かれ、私も参加しました(注2)。その時、ヨーロッパの専門家に、筆者の報告図書の英語翻訳版「Fukushima Myth and Reality」(注3)を配りました。
グラスゴーでは、日本側からは、今回の福島の放射線が低線量であったことを報告し、他の国からは今回の事故が自国に及ぼした影響の発表がありました。チェコ、フランス、オランダ、ドイツなど、各国とも心配する線量はなかったとの報告です。マレーシアやアメリカの研究者も、自国への影響はほとんどなかったという結論です。世界の専門家たちも、福島が低線量であったとすでに認識しています。
本年7月に放射線医学総合研究所(放医研)主催の国際シンポジウムで、甲状腺線量の調査報告が、筆者も参加する中、行われました(注4)。線量の最大は33ミリシーベルトでした。これは、チェルノブイリ事故の最大線量50シーベルトの1千分の1以下です。
読者のみなさんは食塩の摂取で、5グラムと5キログラムのリスクの違いを想像すれば、ヨウ素の放射能の違いも理解できるはずです。仮にリスクの直線仮説で、最大に推定しても、福島県民に、福島第一原発由来の甲状腺がんは発生しないのです。
放射性ヨウ素のハザードは、既に完全消滅しています。数値で言えば、半減期が8日のため、昨年放出された放射能が100万分の1以下になっています。したがって、今の調査は半減期が2年と30年のセシウムに限られます。その結果さえ、体内検査から、福島県民たちは1ミリシーベルト未満との超低線量です。これも健康リスクはゼロです。
筆者は、2年目に入り、20キロ圏内の浪江町に、町内の和牛畜産業者とともに、生存している牛たちの体内セシウム検査をしながら、当該地の放射線衛生状況を調査しています。それは、前年4月の最初の調査で偶然、現地で遭った前浪江町議会議長の山本幸男氏との交流から始まりました。
その目的は、政府が全く進めていない、20キロ圏内の復興を意識した線量調査と実効性のある帰還対策の確立にあります。和牛業の再建が突破口となるでしょう。そのために、和牛のセシウム濃度を出荷基準内にすること、生活者の線量を基準内とすることです。
現場重視の科学者としては、当然の現地調査です。これにより、その地で生活した際の実線量が評価できます。1日の大半は、自宅や牛舎で、そして残りの時間、放牧地や周辺で作業をする。そうした実際の暮らしの中で、個人線量計を装着して線量を評価するのです。
米国製の最新型の携帯型ガンマ線スペクトロメータを、人体中のセシウム放射能の量(ベクレル)を体重1キログラム当たりで計測できるように昨年6月に校正しました。この機種が3代目で、これまで世界各地の核被災地で、ポータブルホールボデイーカウンターをしています。それを、今度は大きな生きた牛を測れるようにすることが最初の問題となりました。解答は意外に早く見出すことができたのです。
およそ400キログラムの牛の背中、腹、後ろ足の腿を、計測してみました、腿が最適との結論です(注5)。人体の場合、体重あたりの放射能値の計測の校正定数は、体重の大きさにあまり影響されないという事実があります。人体計測の場合、検出器を腹部に接触させるが、牛の場合に、形態が近いのが腿だったのです。セシウムは、筋肉に蓄積するので、腿の計測が合理的です。こうして、腿肉のセシウム密度が、生きたままで、1分間で計測可能となりました。そして、それぞれ少し離れた3牧場にて、牛の体内セシウムの検査を行いました。
今年8月までに、浪江町の3牧場にて、延べ27頭の和牛の腿部のセシウム放射能を検査した結果、9頭は1キログラムあたり500ベクレル以下でした。傾向として、2月3月に比べて、8月の牛の体内セシウムは減少しています。和牛出荷も間違いなく可能にできるとの判断です。
乾燥昆布のカリウム放射能が1キログラムあたり1600ベクレルで、それよりも放射能が少ない牛は、福島第一原発20キロ圏内で生きているのです。なお、1キログラムあたり500ベクレルの放射能は、3.11以前の原子力安全委員会の食品規制の指標です。愚かにも、現民主党政権は、食品の規制をキログラムあたり200ベクレル以下と、自然放射能以下に強化する非科学の姿勢をとっています。これは、国際会議IRPA13で批判されているのです。
今年3月には、浪江町末の森の放牧地で、セシウムの除染試験を実施しました。これは、海外調査からの経験から、深さ10センチメートル までの表土を削り取ればよいと考えました。その深さまでの表土に、セシウムという元素は吸着する性質があるからです。 3地点で、3メートル四方に縄を張り、所定の深さの表土をはぎ取りました。その土は、袋詰めし、柵の外に仮置き保管しています。
地表のセシウム汚染密度は、ガンマ線スペクトロメータで直ぐに計測できます。除染の前後の値から、試験的に剥ぎ取った3か所の平均のセシウム除去率は94%と十分な結果となりました。こうした表土の剥ぎ取りを、放牧地全体で実施すれば、和牛生産は直ぐに開始できるのです。みんなが、良い結果に喜びました。
2泊3日の現地調査から、実線量がわかります。政府発表の数値は、こうした生活者の実線量を調べることなしに、畑などの空間線量率から計算した線量です。しかも、これは実線量の4〜5倍も過大評価になっているからいけないのです。これでは、戻れる家族も、自宅に戻れません。とんでもない劣等生のレポートのような計測によって、政策を決めているのです。私の担当する学生なら赤点です。
3月の浪江町末の森での調査の2泊3日の間、私の胸に装着した個人線量計は、積算値で、0.074ミリシーベルトで、24時間あたり0.051ミリシーベルト。2種のセシウムの物理半減期(2年と30年)による減衰を考慮して、平成24年の1年間、この末の森の牧場の中だけで暮らし続けた場合の積算線量値は、17ミリシーベルトと推定されました(注6)。しかも週に5日間、二本松の仮設住宅から浪江町へ、牛の世話に通っている人たちのセシウム検査から、内部被曝は年間、0.3ミリシーベルトとの結果ときわめて低線量です。
内外被曝の総線量値は、政府の言う帰還可能な線量20ミリシーベルト未満です。しかも、国の責任で家と放牧地の表土の除染をすれば、直ぐに年間5ミリシーベルト以下になります。現状では、政策に科学根拠がなく、20キロ圏内を、政府は、いたずらに放置しています。この放置は、飯舘村も同じです。
筆者の調査した浪江町末の森では、政府の屋外の値に年間時間を掛けて計算する非科学では、96ミリシーベルトになり、帰還不能という誤った判断になるのです。本当は、帰還可能です。
この試験研究の申請を、政府は無視し、復興に責任を果たさない、とんでもない事態にあります。それでもなお、住民の方々と私は、自発的に、故郷を守ろうとこのプロジェクトを進めています。
読者のみなさまは、試験研究の意義と復興策をご理解いただけたと思います。20キロメートル圏内を科学で可視化し、早急に復興させるよう、愚かな政府を批判し、間違った政策を是正させましょう(注7)。
(初出:2012年10月1日 Global Energy Policy Research 掲載)