平成24年2月4日、浪江町の牛農家とともに、20km圏内の調査を実現しました。それは、前年4月の最初の調査で偶然、現地で遭った元浪江町議会議長の山本幸男氏から届いた年賀状から始まりました。二人は、牛舎の中で倒れていた牛に、水を与えた仲でした。その時、私は科学調査を約束したのです。避難先がわからず音信不通でしたが、届いた年賀状にあった携帯番号に、私は直ぐに電話した。
「札幌医科大学の高田純です。お元気ですか?」
「通行許可書があり、今も、牛の世話に行っています」
「私は、生きたままの牛の体内の放射能を計測できます」
「それはありがたい、是非、浪江に来てください」
同行する形で、20km圏内に入れるというので、正月明け、実施計画をすぐさま立てました。福島の放射線衛生調査を報告した拙著「福島 嘘と真実」や、産経新聞政治部が第1面で報じた、私の記事のコピーなどを、山本さんのいる仮設住宅へ送りました。そうして最初の牛検査の計画がまとまったのです。
その後、3月、6月、7月、8月、地元の浪江町和牛友の会と支援者が、現地試験調査、会合を重ね、自発的な復興プロジェクト計画が立案されました。